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東京高等裁判所 昭和53年(う)338号 判決 1978年5月17日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中七〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

押収してある普通預金請求書一枚(東京高等裁判所昭和五三年押第一一六号の一)及び定額郵便貯金証書三枚(同号の二ないし四)の各偽造部分を没収する。

押収してある前記定額郵便貯金証書三枚は、その各偽造部分を除き、被害者大野りよに還付する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐藤治隆作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。論旨は、量刑不当の主張であり、被告人を懲役一年の実刑に処した原判決の量刑はその刑の執行を猶予しなかつた点において重きに過ぎ不当である、というのである。

そこで、記録を調査して検討するに、本件は、洋品店の経営に失敗した後、パチンコ店、板金屋、こん包屋などを転々して勤めたものの、いずれも給料が安いなどを理由に短期間で退職し、無為徒食していた被告人において、競艇の遊興費や小遣銭欲しさから、昭和五二年八月三日から同月二八日までの間に、六回にわたり、昼間自己の居住するアパート内の隣家に家人不在のすきをうかがつてベランダ越しに忍び込み、あるいは夜間ドライバーなどの工具を携えてはいかいし、会社・商店の事務所の出入口のドアのノブやガラスなどを破壊して屋内に入り込み、金庫や机の引出をこじ開けるなどして、現金合計約四六万九、七〇〇円、普通預金通帳一冊(預金高一六万八、〇〇〇円)、定額郵便貯金証書三通(額面合計九〇万円)、並びにカメラ、指輪など物品一五点(時価合計約一四万九、一〇〇円相当)を窃取したうえ、三回にわたり、右窃取にかかる普通預金通帳や定額郵便貯金証書等を利用し、その各口座名義人の作成名義の普通預金請求書一通及び定額郵便貯金の受領証三通を偽造・行使して銀行や郵便局から預貯金の払いもどし名下に現金合計一二六万〇、八九六円を騙取し、更に窃取した工具を用いて会社事務所の出入口のドアをこじつて屋内に侵入し、机の引出を物色するなどして金品を窃取しようとしたが、警察官らに発見されて未遂に終わつたという事案である。

右のような本件各犯行の罪質、動機、態様等にかんがみれば、その犯情は軽視を許さないものがあり、被告人を懲役一年の実刑に処した原判決の量刑も一応首肯できないではない。

しかし、当審における事実取調べの結果を併せて再考するに、被告人にはこれまで前科や非行歴が全くなく、本件は、被告人が洋品店の経営に失敗した後、幼時に左眼を失明して適職を得られなかつたこともあつて一時無為徒食していた間の一過性の犯行であるとも思われること、本件各犯行の被害弁償については、捜査段階で既に盗品のうち、現金四、七七〇円及びカメラ等一〇点(時価合計一一万二、一〇〇円相当)が被害者に還付ないし仮還付されているほか、被告人の実弟康志において、それほど資力があるわけでもないのに被告人の身を案じて奔走し、原審当時四六万円余、当審に至つて二三万円余、合計六九万円余を出捐して被害弁償に充てた結果、盗難被害者である望月和良(株式会社五幸)、彦田重三郎、大野りよ、及び株式会社白子の関係では、盗難による直接の損害はもとより、鍵やガラス等の破壊による損害をも含めてほぼ被害弁償を了しており、被害者高田豊の盗難被害及び同人名義の普通預金通帳を悪用した銀行に対する詐欺の関係については、右高田豊との間で、同人に弁償すべき金額を四一万四、〇〇〇円と定め、これを分割支払いの方法により本年七月までに完済することを誓約して、すでに内金二七万円の支払いを了し、また郵便局に対する詐欺の関係については、関東郵政監察局との間で、合計一一〇万二、二一〇円を弁償すべきものと定め、これを分割支払いの方法により昭和五七年九月までに完済することを約してその旨の公正証書を作成し、すでに内金五万九、五〇〇円の支払いを了しているのであつて、その余の今後の分割支払いも右康志らの助力により確実に履行されるものと期待できること、被告人は本件の非を深く反省し、今後ギヤンブルをやめてまじめに働き、被害を弁償する旨誓つており、同居の父母や弟らの被告人に対する援護、指導監督も十分期待できること等、所論指摘の被告人に有利な諸般の事情をしんしやくすると、現在の段階においては、原判決の量刑は重きに過ぎ、被告人に対し保護観察のもとに相当期間刑の執行を猶予するのが相当と認められる。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但し書を適用して、当裁判所において更に次のとおり判決する。

原判決が適法に確定した罪となるべき事実(但し、原判示第八の事実中、「同局係員野中まり子」とあるのを「同局係員高柳みよ子」と訂正する。)に法令を適用すると、被告人の原判示第一、第二、第四、第五、第六、第九の各所為はいずれも刑法二三五条に、原判示第三、第七、第八の各所為中、各有印私文書偽造の点は同法一五九条一項に、各同行使の点は同法一六一条一項、一五九条一項に、各詐欺の点は同法二四六条一項に、原判示第一〇の所為中、住居侵入の点は同法一三〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、窃盗未遂の点は刑法二四三条、二三五条にそれぞれ該当するところ、原判示第三、第七、第八の各有印私文書偽造とその各行使と各詐欺との間には順次手段結果の関係があり、原判示第一〇の住居侵入と窃盗未遂との間には手段結果の関係があるので、いずれも同法五四条一項後段、一〇条により一罪として、原判示第三、第七、第八の各罪については、いずれも最も重い各詐欺罪の刑(但し、短期は各偽造私文書行使罪の刑のそれによる。)で、第一〇の罪については重い窃盗未遂罪の刑で、それぞれ処断することとし、以上は、同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により刑期ならびに犯情の最も重い原判示第七の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中七〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、同法二五条の二第一項前段により被告人を右猶予の期間中保護観察に付することとし、押収してある普通預金請求書一枚(当庁昭和五三年押第一一六号の一)の偽造部分は原判示第三の、同じく定額郵便貯金証書二枚(同号の二、三)の各裏面偽造部分は原判示第七の、同じく定額郵便貯金証書一枚(同号の四)の偽造部分は原判示第八の、各偽造私文書行使の犯罪行為を組成した物で、いずれもなんびとの所有をも許さないものであるから、刑法一九条一項一号、二項によりこれらを没収することとし、前記定額郵便貯金証書三枚(各偽造部分を除く。)は原判示第六の罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項によりこれを被害者大野りよに還付することとし、原審及び当審における訴訟費用は同法一八一条一項但し書によりこれを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

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